湯気の広がる浴室の中に話し声や笑い声が響くのが好きだ。
一人で入ると考えることがたくさんあって、本を読んだり音楽を聴いたりして暇を潰しているけれど二人だとそんなことはない。
クリームパックで顔を真っ白にして笑い合う。
他愛ないお喋りをしながら私の肩が冷えないように両手でお湯を掬って、掛け続けてくれる何気ない優しさが好きだった。
彼女の細い指先が私の頭皮を洗って、指先の骨がかたく当たる感触をしみじみと感じる。
目にシャンプーが入らないようにぎゅっと瞑ってそんな事ばかりを考えている。
私の短い髪にトリートメントまでしっかり塗り込んで、自分の髪のように愛でてくれる彼女が好きだった。
私は彼女がお風呂から上がってもお湯の中をいつまでも無防備に漂って、服をきっちり着た彼女が浴室に迎えに来る。
私のお姫様はいつまでお風呂に入ってるの?
冗談めかしてそんな嬉しいことを彼女が言うもんだから、何だかわくわくして笑ってしまう。
あなたといると楽しい。楽しい事は好きだ。
タオルに包まれて髪の水気を拭われていると、まるで自分が可愛がられる為に生まれた弱い生き物のような気がして心地いい。
いつか私が言った、靴下も自分で履きたくないやってめんどくさがりの言葉を覚えてて、私をベッドに座らせて自分の太ももに私の足を乗せると靴下までくるくると履かせてくれた。
こんな事、誰もやんないよ。
笑いながら私の足をペチペチ叩いて彼女が言う。
知ってる。あなたにしかしてもらった事ないもの。
こんな風に心を許してしまえば、もう後が無いような気がした。
そんなに器用な人間ではない。
私の内側の柔らかな部分に触れて良い人間は多くない。
彼女は素直になれない私を女は金も時間もかかる生き物なのだからとあらゆるものを与えて可愛がって、素直で弱い生き物にするのが好きな生き物だった。
外で会う時に巻かれた彼女の髪は艶やかでふんわりと良い香りがした。
華やかで世慣れた彼女の方が私より余程、夜の世界に向いているような気がしていた。
彼女は今でも私を心配して連絡を寄越す。
ちゃんと食べてるの?とか元気にしてる?とか。
彼女が作った私の柔らかな体はそうそう元には戻ってくれない。
人の愛で方を教わった。愛しさの発散を教わった。
世の中にはたくさんの人がいて、優しい人もそうでない人もいる。
色々な人がいて当たり前なんだという事実を優しさで受け入れられた。
私はあなたのように綺麗で切ない人を愛して、甘やかさないでという矛盾を甘えながら言う喜びを知ってしまった。
前に進める、誰かを愛せる。
それまでの私は人に愛されないのではなく、人を愛さない人間だったのだと知った。
今の私がいるのはあなたのおかげだよ。
ちゃんと食べているし、元気にしています。
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